新撰組のヒミツ 弐


耳元に突然落ちた怒声に、意識が朦朧としていた光はハッと我に返る。顔を上げると、闇に溶けるような忍装束らしきものに身を包んだ刺客が仁王立ちをして見下ろしていた。


「下川、貴方に一つ忠告をします。

如何なるときも気を抜いてはなりません。人が最も危険に晒されるのは、食事を取るとき、そして眠るときです。

くれぐれも、気を付けなさい」


「誰だ。答えろ!」


何故、名前を知っているのか――。それにお雪様とは、あの主のことだろうか。


相手から目を離さずに起き上がり、とりあえず脇差しの切っ先は下げた。だが、いつでも戦える準備だけはしている。


「私はお雪様の側仕えです。お雪様に命じられ、貴方の力量を調べに来たのです。
一体、どんな男かと思えば私ごときに敗北を許す弱者……とんだ期待外れでした」


「……期待外れ?」


「そうです。貴方の刀は鈍く弱い。現に、たとえ殺されても、私を殺すという選択肢は無かったのでしょう?」


無造作に距離を詰められ、近距離から睨まれた。今ならやっと見える、小さな女。真っ直ぐで、血の色を知っているようには見えない、可憐な女だった。


光は曖昧に首を振った。


「だって、あんたに恨みは無いから。まだ死にたくはないけど、出来れば関係無い人は殺したくもない」


「……そんな甘い事を言っていられるのも今のうちです。誰もが、善人から悪人へと変わらざるを得なくなる」


「あんたには私が善人に見えるの?」


皮肉げに笑うと、女は押し黙った。


光を見上げていた顔を伏せ、ゆっくりを背中を向ける。無言を貫いた彼女は、開いた扉へ歩き始めた。


「待って。さっきの蹴った腹、大丈夫?」


「だ、大丈夫に決まっているでしょう!」


「本当に?」



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