新撰組のヒミツ 弐
暗い廊下を抜けていく。ごくごく稀に掛けられる冷やかしや小さな侮蔑の言葉を黙殺し、屋敷から抜け出す。
両手に持つものは僅かな手荷物。二年前と違うのは、薄汚い金と身に着けるものが少し高価になったことくらいだ。
ゆっくりと屋敷から遠ざかるが、光は直ぐに足を止めた。背後から睨まれるようにして注視してくる視線があることに気付いたからだ。
「下川。どちらに行かれるのですか」
「……どいてくれ」
未だ名前さえ知らない雪の側仕えの女。
いつも、どこからともなく現れたと思いきや、冷たい言葉を吐き捨てて去っていくというのに今日の彼女は詰め寄ってきた。
光は止めていた足を再び動かし、屋敷から早足で遠ざかるが、女は目にも止まらぬ速さで光の前に回り込んで来る。
「質問に答えなさい」
腕を掴む女の白く細い手を乱暴に振り払う。
「あんたには関係無い。あの方の側仕えなら、もう二度と私の前に現れるな。私は私の思うままに生きる」
言い残すと、光は女の脇をすり抜けて、直ぐに姿を消した。
本物の風のように消えた光に声も出ない女は、振り払われた手をじっと見つめる。
「……貴方は随分変わりましたね……」
以前、光の力試しに夜襲をかけたとき、光は自身のことを〝善人ではない〟と皮肉って笑っていたが、女の腹を治療する優しさも持っていた。
今の光は、口調や性格からして昔の光とは明らかに異なっている。もう、今は研ぎ澄まされた抜き身の刀に他ならない。
以前の半端でなまくらな刀は、名匠の手によって鍛え抜かれた。安易に触れてしまえば、指は飛び、切り裂かれてしまうだろう。
女は拳を握り締め、やりきれないように深い嘆息を吐いた。