新撰組のヒミツ 弐
「お前……何故……」


光自身、その浪士に何を言おうとしたか、はっきりと分からなかった。だが、自らの内にある、よく分からない感情に突き動かされ、光はその男に切っ先を向けた。


「おい、井岡! お前一人で──」


原田の声すら今は遠い。全てが遠のいていく。視界に映る全ての俗世が、物凄い速さで全て後ろに流れていくようだった。


すると、その浪士は無精ひげを蓄えた口を歪ませて笑う。皮肉げに唇の端を吊り上げ、目を爛々とぎらつかせるその様子は、どこかで見たような気がした。


この男──。


どこかで見た覚えがある。


「……!」


(お前は……)


男は笑みを浮かべたまま背中を向けると、夜の闇に溶けていく。そう感じるほどに、男には不気味なほど足音が無かった。


その瞬間、はっと我に返った光は「おい、待て!」と叫ぶと、何かに弾かれたように男の背中を追走する。


状況が理解出来ず、呆気に取られる隊士たちを背後に置いて、疾く駆ける光もまた、夜の暗闇に身を躍らせた。






意外なことに、その男は光を待っていた。路地裏の薄汚れた壁に寄りかかり、まるで待ちくたびれたかのように「お前を待ってた」と、ため息混じりに笑う男。


息を切らしている光は、鋭利な刃物のように鋭い目つきで男を睨みつける。


「久しいな、下川。あの頃は張り合ったものだが……。今のお前は足が遅い、反応と勘はさらに鈍い」


「何が言いたい……!」


怒鳴る光は、懐から白い短刀を取り出し、刀と短刀を両手に構えた。重心を落として構えるが、男はただにやりと笑うのみ。


「ああ、懐かしい構えだ。今のお前がどのようなものか、まずは小手調べと行こうか」


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