新撰組のヒミツ 弐
耳元で囁かれた低い声は、冬風のごとく澄み切った本物の殺意が込められていた。想像していたあの男のそれに相違ない。
はっとした光は自分の刀に目を落とすが、その浪士の刀の柄と思われる硬い物が脇に押しつけられ、思わず動きを止める。
「昨日ぶりだな」
「何をしに来た」
「街で偶然に知り合いを見かけたものでな。まあ、昔の馴染みだ。無視をするわけにもいかない。昨夜の借りもあることだ」
「長州の輩は白昼堂々、京の街で人斬りをするのか。やれるものなら、やってみろ。捕縛して副長の前に突きだしてやる」
「……別に斬りにきた訳じゃない。どうしてお前はそうも考えが物騒なんだ……」
呆れたように言う男──立花は少しだけ笠を上げて口の端を吊り上げた。その間も油断なく刀を押し付けられ、光は口を噤む。
面倒な男に見つかったものだ。そして、もう一人の浪士の風体をした男は知らない。恐らくは長州の者だろうが。
八月十八日の政変以降、長州勢は京から減ったというのに、この頃になってまた増えだした。大っぴらには動けないため、彼らは裏でこそこそとしているのだ。
「今度は冷静に話をしよう」
「勝手に決めるな」
「お前の意志は聞いていない」
「……。安藤、帰るぞ」
買い物は終わったらしい安藤は、「もう帰るんですか」と驚いたように言う。そして、この険悪な雰囲気に気付いたらしい安藤は顔を強ばらせた。
「先生、後ろの方々は……?」
「構うな」
突如、後ろから小さな笑いが聞こえてきた。込み上げる笑みを必死にかみ殺そうとする、不快な声であった。
「──先生、か。懐かしい響きだ」
「…………」
「反応が無いな。つまらない」
安藤がいるというのに、好き勝手に話しだすあの口を縫い止めたい気分であった。腹立たしい一方で、非常に虚しい気分になる。
立花は光にいい気持ちを持っていないに違いない。主を裏切り、共に在った友を捨てて逃げ出したのだ。