新撰組のヒミツ 弐
その間に短刀を拾い、距離を取った。闇雲に攻撃しても、あの男には無意味であると理解しているからだ。むしろ、無駄な隙を作ることになってしまう。
だが、逃げることは躊躇われた。いつかの間者のように、敵に背を向けて逃亡を図ることを、新撰組の隊士として培われた矜持が許さない。
それに、新撰組の隊士たちにあの男を会わせるわけにはいかない。戦うなど以ての外。あの男と対峙すれば勝ち目などないし、光の薄暗い経歴をさらすことにもなってしまう。
(何がしたいんだ、あいつ──)
「どこを見ている、下川」
「……!」
その声は前方ではなく、後方から聞こえてきたのである。反射的に背後に短刀を走らせて距離を取るが、手応えはない。
牽制だけでも出来れば──と、甘い考えでいたことがいけなかったのだろうか。あっという間に身体が宙を舞い、冷たい地面に背中を打ち付けていた。
起き上がろうと肘を付くが、喉元に刀の切っ先を突きつけられ、思わず光はごくりと喉を鳴らす。男を見上げれば、彼はただ笑みを浮かべていた。
久々に死を身近に感じる。
これは流石に死んだかもしれない──。
志が半ばで潰える恐怖。瞼を閉じれば、暗い背景に浮かび上がる仲間たちの顔。ふと過ぎる一つの顔に、光は目を開けた。
「立花」
「……何だ、命乞いか」
立花と呼ばれた男は、無様に伏せる光を嘲笑うように鼻を鳴らすと、切っ先をゆっくりと揺らす。光の皮膚を掠めそうになったその瞬間、立花は刀を退けた。
「下川……昔から本当に狡い奴だな」
全身の力を抜いて刀を納めた立花は、諦めたような声音で呟きを漏らすと、仰向けになっている光に手を差し伸べる。
だが、余所を向いて「うるさい」と悪態を吐いた光は、立花の手に一度も視線をくれることなく、己が足ですっくと立ち上がった。
「……お前に名を呼ばれたのは二度目だ」
「そうか?」
「俺の気持ちは分からないだろう。お前にただ名を呼ばれるだけで、俺の心がどんなにかき乱されるかを。
──いや、知っていて呼んだのか」
だが、逃げることは躊躇われた。いつかの間者のように、敵に背を向けて逃亡を図ることを、新撰組の隊士として培われた矜持が許さない。
それに、新撰組の隊士たちにあの男を会わせるわけにはいかない。戦うなど以ての外。あの男と対峙すれば勝ち目などないし、光の薄暗い経歴をさらすことにもなってしまう。
(何がしたいんだ、あいつ──)
「どこを見ている、下川」
「……!」
その声は前方ではなく、後方から聞こえてきたのである。反射的に背後に短刀を走らせて距離を取るが、手応えはない。
牽制だけでも出来れば──と、甘い考えでいたことがいけなかったのだろうか。あっという間に身体が宙を舞い、冷たい地面に背中を打ち付けていた。
起き上がろうと肘を付くが、喉元に刀の切っ先を突きつけられ、思わず光はごくりと喉を鳴らす。男を見上げれば、彼はただ笑みを浮かべていた。
久々に死を身近に感じる。
これは流石に死んだかもしれない──。
志が半ばで潰える恐怖。瞼を閉じれば、暗い背景に浮かび上がる仲間たちの顔。ふと過ぎる一つの顔に、光は目を開けた。
「立花」
「……何だ、命乞いか」
立花と呼ばれた男は、無様に伏せる光を嘲笑うように鼻を鳴らすと、切っ先をゆっくりと揺らす。光の皮膚を掠めそうになったその瞬間、立花は刀を退けた。
「下川……昔から本当に狡い奴だな」
全身の力を抜いて刀を納めた立花は、諦めたような声音で呟きを漏らすと、仰向けになっている光に手を差し伸べる。
だが、余所を向いて「うるさい」と悪態を吐いた光は、立花の手に一度も視線をくれることなく、己が足ですっくと立ち上がった。
「……お前に名を呼ばれたのは二度目だ」
「そうか?」
「俺の気持ちは分からないだろう。お前にただ名を呼ばれるだけで、俺の心がどんなにかき乱されるかを。
──いや、知っていて呼んだのか」