新撰組のヒミツ 弐
今にも泣き出しそうな感傷と暗い怨嗟を孕んでいる立花の声は、とっくの昔に男と決別した光の胸すら痛めつける。


しかし、無情にも光の表情に何らかの変化をもたらすことはなく、ただ冷たい初冬の夜風が背中に吹きつけた。


「私は知らない」

「そう言うだろうと思った」


諦念──全てを甘受しているかのような表情で立花は小さく笑う。光はそんな彼をちらりと見て、直ぐに視線を逸らすと、落ちていた隊服を拾った。


「……お前は長人になったのか?」


にやりと笑う立花を懐疑する。すると、まさかというように、心外そうな表情をする彼は、無精ひげの生えた顎を指先で撫でた。


「あくまでも俺は中立だ」


「嘘吐くな。良い音が鳴る金の味方だろ」


「まあ……今のところは長人だ。

金が無ければ野垂れ死ぬだけだからな。だが、俺にもそこらの分別はある。昔から仕事は選んでいたぞ──お前と違って」


挑戦的に言葉を発する立花に、光は非難を露わに眉を寄せる。


再び嗜虐の笑みを浮かべた彼から視線を逸らすと、無言で隊服を纏い、背中を向けた。その背中に、立花の責めるような声が投げかけられる。


「お前が命を張った任務の対価だぞ。本当に要らないのか。お前が主に会いに来れば、すぐ手に入るところまで情報が──」


「仇討ちなんか下らない」


きっぱりと言うと、光は鮮烈に蘇る過去に対して目を瞑った。この闇の世界が全てを黒く塗り潰してくれるように祈って。


「──私は新撰組の井岡光だ。お前の知る下川は、復讐を胸に抱いたままの無様な死様だった。下川光は死んだんだ」


感傷的になる自分を抑え、出来る限り無感情でそう吐き捨てると、今度こそ細い路地を歩き出し始める。


「主には『二度と貴女様とお会いすることは出来ません。二年余、御世話になりました。どうぞお身体を大切になさって下さい』と……適当に言っておいてほしい」


背後にいるはずの彼の顔は見えない。何を思っているのか、何を感じているのかも、光には全て分からなかった。


さようなら。


かつての同輩に今生の別れを告げた。
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