新撰組のヒミツ 弐
季節は流れ、元治元年6月3日。
長きにわたる監察の調査と裏付けにより、ある男が攘夷浪士を結びつける大役であろうという、確信に近い疑惑が生まれた。


──その男とは、桝屋の主人。


山崎は密偵として桝屋に出向いた。表向きは薬の行商人として桝屋を訪れ、隙を窺って武器弾薬の有無を確かめる。


その結果、浪士や長州間者との書簡や血判書を発見した。武器調達の書類、なかには新撰組に関する密書もあった。


明らかに、桝屋の主人・桝屋喜右衛門は黒である。


その事実は直ぐに土方に伝えられた。土方の決断は早く、桝屋に乗り込んだ隊士により、桝屋の主人は捕縛されることになった。




阿鼻叫喚。屯所の拷問部屋では土方が直々に桝屋の主人を「取り調べて」いる。


若い隊士の中には、その地獄に落とされた咎人のような声に、思わず吐き気を催したり屯所から離れる者も稀にいた。


殆どの隊士は無表情だったが、さすがに不快感は拭えない。隊士の大多数が牢から出来るだけ距離を取っていた。


光はというと──。
「副長」
拷問が行われている牢にいた。


「何だ」


振り向いた土方の表情は恐ろしいものだった。味方をも射殺さんとする目だ。光は無慈悲な鬼副長の姿に戦慄したが、表情にはおくびにも出さず、部屋の中に入った。


桝谷は二階から逆さ吊りにされ、ひどく痛めつけられている。


「口を割りましたか」

「……ああ。本名古高俊太郎。だが、この程度では足りないらしい。井岡、下がってろ。お前、吐くぞ」

「いえ、ご心配なく」
光は首を振って微笑んだ。


以前の”職場”では、人間がひどく痛めつけられ、苦しめられる光景を何度も見てきた。慣れている、とは決して言いたくないが、常人よりは耐性があるだろう。


そもそも、そのような光景を好んで見るつもりはない。ただ桝屋──古高が何を語るのか直接聞きたいだけだ。それに、確かめたいこともある。


土方は再び古高を痛めつける。その度に古高は苦悶の声を漏らした。


「てめえらの目論見は何だ。あの武器弾薬で何をする」


淡々と問う土方は、古高にまた何かをしたらしく、古高は耳をつんざくような声で絶叫した。


光は一瞬眉を寄せた。古高の断末魔のような声を聞き、心が残酷に冷えていく。悪い兆候だ。所詮は他人事、自分は痛みも何も感じない、と自分の心を守るために壁を作る。



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