新撰組のヒミツ 弐
部屋を出た光は、すぐ近くで壁に向かって何かを呟いている沖田に遭遇した。
その姿は不気味だったが、部屋を訪ねてきた要件を聞かねばならない。
「総司」
「……光さん」
ばっと此方を見た彼は、一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに「あ」と思い出したように懐から紙を取り出した。
「これ、池田屋の図面です。頭に入れておいてくださいね。二階の大部屋と中庭、裏口の位置は特に。彼らは二階から飛び降りて脱走すると考えられますから」
「了解」
頷くと、沖田は人差し指を立て、にっこりと裏のないような笑顔で光に釘を刺した。
「あと、分かっていると思いますが、敵を見つけてもすぐには殺してはなりませんよ? もし捕縛出来そうなら確保してくださいね。抵抗するなら殺すしかありませんが……」
「……分かっている」
光は苦い顔をした。暗殺まがいのことをやっていたせいか、戦いに夢中になると急所ばかりを攻撃してしまう。それは気をつけなければならない。
──仲間に無用な疑いを持たせてはならない、という意味でも。
会話が途切れると、気まずい沈黙が流れた。その沈黙に耐えかねたのか、沖田が余計なことを言った。
「光さんと山崎さんは、そのぅ、そういう──良い仲なのですか?」
一瞬の間を置き、光は沖田が言わんとしていることを理解した。
この頃、そういうことをよく言われるが、新手の嫌がらせなのだろうか。皆勝手な想像を膨らませるのはよしてもらいたい、と光は眉を寄せる。
「ち・が・う」
光の答えを待っているらしい沖田に、一言一言ゆっくり、噛んで含めるように発音してみせた。
尚もからかってこようとする沖田をあしらいつつ、戦いの前だというのに随分と緩んだ空気になってしまった、とため息をついた。
「あ……」
突然、頭を叩かれたような衝撃が襲う。
なぜ今まで忘れていられたのだろう。
抜け落ちていた池田屋事件の記憶をふと思い出したのだ。沖田は確か戦いの最中に倒れたのではなかったか──。
胸がどきりと鳴る。
言うのか、言わないのか。四国屋か池田屋かという戦局を左右する場面では黙っていたのに、友の危機では口を開こうとしている。
(偽善者かもしれない。だけど……)
「総司……」
なるべく平静を装うつもりだったが、少し声が揺れてしまった。視線を何処に置けばいいのか分からず、俯いてしまう。
「はい?」
沖田は不思議そうに首を傾げた。
「体調は大丈夫か?」
「ええ、万全ですよ」
自信ありげに頷く沖田に思わず疑いの目を向けてしまったが、光は仕方ないというように首を振る。
いざとなれば、自分が補おう。沖田だけでなく、死傷するであろう他の人の分も。そう決意したはずなのに、胸騒ぎは治らなかった。
その姿は不気味だったが、部屋を訪ねてきた要件を聞かねばならない。
「総司」
「……光さん」
ばっと此方を見た彼は、一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに「あ」と思い出したように懐から紙を取り出した。
「これ、池田屋の図面です。頭に入れておいてくださいね。二階の大部屋と中庭、裏口の位置は特に。彼らは二階から飛び降りて脱走すると考えられますから」
「了解」
頷くと、沖田は人差し指を立て、にっこりと裏のないような笑顔で光に釘を刺した。
「あと、分かっていると思いますが、敵を見つけてもすぐには殺してはなりませんよ? もし捕縛出来そうなら確保してくださいね。抵抗するなら殺すしかありませんが……」
「……分かっている」
光は苦い顔をした。暗殺まがいのことをやっていたせいか、戦いに夢中になると急所ばかりを攻撃してしまう。それは気をつけなければならない。
──仲間に無用な疑いを持たせてはならない、という意味でも。
会話が途切れると、気まずい沈黙が流れた。その沈黙に耐えかねたのか、沖田が余計なことを言った。
「光さんと山崎さんは、そのぅ、そういう──良い仲なのですか?」
一瞬の間を置き、光は沖田が言わんとしていることを理解した。
この頃、そういうことをよく言われるが、新手の嫌がらせなのだろうか。皆勝手な想像を膨らませるのはよしてもらいたい、と光は眉を寄せる。
「ち・が・う」
光の答えを待っているらしい沖田に、一言一言ゆっくり、噛んで含めるように発音してみせた。
尚もからかってこようとする沖田をあしらいつつ、戦いの前だというのに随分と緩んだ空気になってしまった、とため息をついた。
「あ……」
突然、頭を叩かれたような衝撃が襲う。
なぜ今まで忘れていられたのだろう。
抜け落ちていた池田屋事件の記憶をふと思い出したのだ。沖田は確か戦いの最中に倒れたのではなかったか──。
胸がどきりと鳴る。
言うのか、言わないのか。四国屋か池田屋かという戦局を左右する場面では黙っていたのに、友の危機では口を開こうとしている。
(偽善者かもしれない。だけど……)
「総司……」
なるべく平静を装うつもりだったが、少し声が揺れてしまった。視線を何処に置けばいいのか分からず、俯いてしまう。
「はい?」
沖田は不思議そうに首を傾げた。
「体調は大丈夫か?」
「ええ、万全ですよ」
自信ありげに頷く沖田に思わず疑いの目を向けてしまったが、光は仕方ないというように首を振る。
いざとなれば、自分が補おう。沖田だけでなく、死傷するであろう他の人の分も。そう決意したはずなのに、胸騒ぎは治らなかった。