耳に残るは君の歌声
耳に残るは君の歌声


ふけゆく 秋の夜


旅の空の


わびしき 想いに……




夕暮れの河原に、あたしの歌声が響いた。
『旅愁』
あたしの好きな歌だ。

「京子はほんま歌上手いなぁ」

あたしの隣に腰を下ろして夕日を見つめていた兄が、ぽんっとあたしの背中を叩いて言う。

「きっとお父ちゃんにも京子の歌声、聞こえとるで」

「……うん」


昭和十八年。
いよいよ戦争も激しさを増してきた。
二週間前、軍からの『赤紙』と呼ばれる召集令状が届いた父は、お国のためにと言って意気揚々と出兵していった。
手紙を宛てても返事が来るはずもなく、今はただ生きていてくれることだけを願うしかできない。
こんな争いに、一体何の意味があるのだろうという思いが、あたしの中で日増しに強くなっていた。


「京子、そろそろ戻ろか。お母ちゃん心配すんで」

征一兄ちゃんは、神経性の内臓疾患を患っていて、徴兵にとられることはなかった。
西原家の大黒柱だった父が戦争に行ってからは、あたしが女学校に行けるのも、少しではあるけれど食べていけるのも、みんな母と兄のおかげだった。

近所の人には、「西原さんとこの長男は非国民や」とか、「天皇様のお役に立てない役立たずや」とか言われたけれど。


< 1 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop