耳に残るは君の歌声
耳に残るは君の歌声
ふけゆく 秋の夜
旅の空の
わびしき 想いに……
夕暮れの河原に、あたしの歌声が響いた。
『旅愁』
あたしの好きな歌だ。
「京子はほんま歌上手いなぁ」
あたしの隣に腰を下ろして夕日を見つめていた兄が、ぽんっとあたしの背中を叩いて言う。
「きっとお父ちゃんにも京子の歌声、聞こえとるで」
「……うん」
昭和十八年。
いよいよ戦争も激しさを増してきた。
二週間前、軍からの『赤紙』と呼ばれる召集令状が届いた父は、お国のためにと言って意気揚々と出兵していった。
手紙を宛てても返事が来るはずもなく、今はただ生きていてくれることだけを願うしかできない。
こんな争いに、一体何の意味があるのだろうという思いが、あたしの中で日増しに強くなっていた。
「京子、そろそろ戻ろか。お母ちゃん心配すんで」
征一兄ちゃんは、神経性の内臓疾患を患っていて、徴兵にとられることはなかった。
西原家の大黒柱だった父が戦争に行ってからは、あたしが女学校に行けるのも、少しではあるけれど食べていけるのも、みんな母と兄のおかげだった。
近所の人には、「西原さんとこの長男は非国民や」とか、「天皇様のお役に立てない役立たずや」とか言われたけれど。
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