耳に残るは君の歌声
「遅かったやないの!修くん来てるんよ!」
母にそう言われて家に入ると、居間に白い軍服を着た男の人が座っていた。
「川野!」
兄が笑顔で駆け寄っていったその人は、川野修平さんといって、兄の幼なじみだ。
あたしも小さい頃はよく遊んでもらった。
少し前に大学から軍に召集され、今では海軍の軍人さんだ。
「久しぶりやなぁ。京子ちゃん、ちょっと見ん間に西より大きなったんちゃうか?」
「何言うてんねん、まだ俺のが大きいやろ!」
二人の会話に、あたしはふふっと笑う。
昔から、修平さんと兄の掛け合いが面白くて、あたしはそんな二人を見ていつも笑っていた。
しかし、それは幼い頃の話。
今のあたしは、修平さんが前よりずっと男らしくなっている事にばかり気を取られてしまっていた。
広い背中はがっしりとしていて、何でも守ってしまえるような、そんな力強さを感じる。
何より、白い軍服が良く似合っていた。
「おい、京子?聞いとん?」
「えっ?あ、ごめん、何?」
修平さんが帰った後も、あたしは彼のことばかり考えていた。
他の事なんて、考えられないくらいだった。
「川野な、軍の仕事で三日くらいこっち居てるんやって。また明日もウチ来るって言うとったで」
「そ、そうなんや!楽しみやね!」
本当なら万歳をして飛び上がりたいくらいの気持ちだったけれど、兄と母の手前、そんなことは出来るはずも無く。
極力気持ちを抑えて言ったあたしに、兄がにぃっと笑う。
「ほんまに、楽しみやねぇ」
「な……っ!?何よ、お兄ちゃん!その顔!」
「べつにぃ」
言って、兄は気持ちばかりのすいとんが浮かんだお椀に手を伸ばした。
「京子は昔っから修平くん、修平くん言うてほんまに大好きやったもんねぇ」
母までもが、あたしをからかうように、にやにやと笑う。
あたしの気持ちは、既にバレていたようだった。
知らないのは、多分、修平さんだけだ。
「もう、二人して……」
どうにも恥ずかしくなり、コトンと茶ぶ台に箸を置いてしまう。
うつむいたままのあたしに、兄も母も、にやにやと笑いかけるだけだった。