耳に残るは君の歌声


「何を唄いましょうか?」

「そやなぁ、えっとなぁ……」

それからあたしは、修平さんに言われた曲を、何曲も口ずさんだ。

「京子ちゃん、ほんま綺麗な声しとるなぁ」

「修平さんも、味のある声ですよ。音は、ちょっとずれてますけど」

「何やそれ、酷いなぁ」

言って、修平さんはわざと口を尖らせて拗ねてみせる。
それにあたしが笑うと、修平さんも微笑み返してくれた。
歌い始めると、不思議とあたしの緊張は解けていて、修平さんとの会話もかなり弾んでいる事に気づく。

「今度、教えてや。歌」

「教えるなんて、そんな!あたしはただ、好きなだけなので……」

恐縮して言うと、修平さんはふっ、と息を漏らして、ほんの僅か、微笑んだ。

「それやったら、また歌って欲しいな。こうやって、隣で」

「それくらいなら……出来ます、ね」

あたしは、ずっと、歌っていたいです。
こうして、貴方の隣で。

心の中でそう続けた言葉は、修平さんに届くのだろうか。
あたしたちはその後も暫く、一緒に歌を歌ったりして、幼かった頃のように楽しい時間を過ごした。



「俺な、旅愁が一番好きなんや」

夕日も落ちかけてきたころ、修平さんがぽつりと呟いた。

「あたしも、旅愁が一番好きです」

にっこり笑って言うあたしに、修平さんは優しく微笑み返すと、ふいに視線を落とした。

「あと……京子って名前の女の子も……」

「……え……?」

「気ぃつけて帰れよー!」

修平さんが何かを言いかけたそのとき、竹垣の向こう側から、兄の声が聞こえてきた。
どうやら子供たちと遊び終えて帰ってきたらしい。

「お、やっと帰ってきたか西!」

言うのと同時に立ち上がると、修平さんはあたしの頭をくしゃ、と撫でた。
大きな手の暖かい感触が、一瞬だけ頭のてっぺんから全身に伝わったような気がした。

「ほんならな。また明日!」

笑って言うと、修平さんは入り口のほうへ歩いていく。

今しがたのあれは、何だったのだろう。
修平さんが言いかけた言葉の先は、聞くことは出来なかった。


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