アカボシの帝國
1.若紫
藤原史織。
これが私の名前で。
フリーペーパーを発行している小さな出版社。
それが私の職場だ。
小さいので人員はとても少なく毎回企画の取材などで明け暮れている。
今日も今、流行の安くてかわいい「シンプリティ」(シンプルとプリティを足し合わせた造語)なお店を紹介する企画の取材に追われていた。
港区の青山にある「シンプリティ」なお店「SOXA」(ソグザ)
大体2万円から3万円でトータルコーディネートができる。
「SOXAさんの今月の売れ筋を紹介してもらえますか?」
「あ、はい。そうですね・・・この半そでのフリルカーデが一番売れてますね。気に入った方は色違いを買っていかれます」
「写真いいですか?」
どうぞ、と店員がきれいに広げて見せてくれる。
ミントグリーンとオフホワイトが一番人気らしい。
「ありがとうございました」
取材を終えて店を出る。
青山だけあってやっぱりおしゃれなブランドショップが建ち並んでいる。
そのまま出版社に戻ると言ったカメラマンと別れ、私はめったに来ない青山を散策することにした。
こんな機会でもない限り青山まで足を伸ばさない。
仕事、と言い訳がましく心の中で注釈をいれつつ、私は気になるお店をチェックする。
いくつか回ったお店の名刺を手帳に挟みながら、ふとショウウィンドウに目がいく。
手触りのよさそうな光沢のあるシャンパンゴールドのサテン地のワンピース。
裾には黒の糸で花の刺繍がしてある。
ライン的には、すとんと落ちるようなすっきりとしているもので、華奢な人をよりいっそう華奢にみせるような洋服。
一枚で主人公になれそうなワンピース。
フリーペーパーを読むターゲット層では、少し手の届かないデザイナーズブランド。
いったい、どのくらいの地位があれば、肩書があれば、こんな服を普段着として着られるのだろうか。
もちろん、値札などという無粋なものはこのワンピースにはついておらず、仕方なくウィンドウに映る自分の格好を見直す。
ファストファッションなどというとりあえず格好のつく言葉は存在するが、私の場合は、選んでいる暇もなく無地で持っているどの洋服にも合うというだけだ。
小さくため息をついた。
いったいいつから、自分の格好に頓着しなくなったのだろう。
数年前は、いろいろ服も楽しみながら買ったり選んだりしていたはずなのに。
いったいいつから、自分を見つめることをしなくなったのだろう。
そう、考え込んでいた時だった。
私は不意にスカートの裾をつかまれた。
「・・・ママ?」