アカボシの帝國
「え?」
私は固まった。
目の前には、小さな女の子が溢れそうなほど涙を浮かべて、私の黒のスカートを握っている。
細くてやわらかそうな少し色素の薄い茶色の髪を丁寧に編み込みにして2つに結んである。
マリンボーダーのセーラーカラーつきワンピースで、襟元には赤いスカーフがセーラー服のように結んである。
一見しただけで、いいとこのお嬢さんだとわかる。
わかるのだけれども、私にはまったく見覚えがない。
ふと思いついたことを口にしてみた。
「もしかして…あなたのお母さんも黒いスカートをはいていた?」
こっくりと女の子はうなずいた。
「髪もこのぐらい長い?」
私は自分の髪を持ち上げた。
またこくりと女の子はうなずいた。
どうも、この女の子の母親に間違われたらしい。
「迷子になったのね?」
女の子はうなずく前に私のスカートにすがって泣き出してしまった。
私はあわてて、その女の子を抱きしめる。
ここは往来なのに!!と心ではちょっと悪態をつきながらも、私は女の子の頭をおずおずと撫ではじめた。
案の定、女の子の髪は信じられないほどやわらかく、絹でできているといわれても信じてしまいそうなほどだった。
こどもの独特の匂いというか、お日様の匂いみたいなものが私の鼻をかすめる。
無垢な匂いだ。
まだ、何一つ染まってなどいない。染みついてなどいない。
こどものもつ匂い。
私は女の子の頭をゆっくり撫でつづけた。
すると女の子は、ひっくとしゃくりあげながらも泣き止んだのか、私の胸から顔を離した。
「…花音」
「あ、名前?」
うん、と女の子、もとい、花音ちゃんはうなずいた。
「あーっと私は、史織。しおりね、よろしく」
花音ちゃんは「し・お・り」と口の形だけで私の名前を反芻した。
「お母さん探してると思うから、あそこのカフェでジュースでも飲んでようか。」
花音ちゃんは、困った顔をする。
「ああ、そっか。お母さんに知らない人から物もらっちゃいけないって言われてるんだ?」
「うん」
素直にうなずくのがすごくかわいいと思ってしまった。
「大丈夫だよ。お母さんには怒られないように私がちゃんと言ってあげる」
花音ちゃんは、やっと笑顔になった。
そういえば、出会ってからはじめて笑った顔を見た。
なんとなく、その顔が大好きだと思えた。