アカボシの帝國
ジュースを飲んで、一息ついたのか、花音ちゃんは楽しそうに話し始めた。
 「花音のママはかおるこっていうの」
 「へぇ。なんかすごく・・・きれいな名前だね」
 人の名前を評価したことなど一度もないが、花音ちゃんは嬉しそうに話を続けた。
 「花音のママはすごくきれいなの。おともだちのママたちもみんなそういうのよ」
 おしゃまな言い方なのだけれど、一生懸命背伸びしながら、誇らしく言う花音ちゃんはとびきり可愛い。
 花音ちゃんの容姿の可愛さからいっても、ママは相当美人であるはずだ。
 「花音ちゃんはいくつ?」
 「6さい」
 「じゃあ、小学生?」
 ストローでジュースを吸いながらこくんとうなずいた。
 「小学校は?」
 「ソフィア女学院」
 制服が可愛くて有名なところだ。
 「じゃあさ、花音ちゃんのパパは?」
 今まで通り過ぎる人にばかり向いていたはずの、花音ちゃんの眼が、すっと私に向けられた。
 「・・・パパはあんまり見ない」
 告げられた言葉の意味を、反芻してみた。
 あんまり会わない、ならわかるが見ないとはどういうことなのだろう。
 「うーん、家にあまりいないってこと?」
 「・・・わかんない」
 花音ちゃんの眼は、再び通りを歩く人に向けられた。
 どうもパパの話は鬼門らしい。
 「あ」
 花音ちゃんが、小さな声を出し、いすから立ち上がった。
 「花音!!!」
 「ママ!!!!!」
 花音ちゃんは、一目散にこちらに向かってきた女性の足に抱きついた。
 落ち着いて見えたのは、どうしようもない恐怖の裏返しだったのかもしれない。
  
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