アーティクル
 最後に律子と話したのは、小学校の卒業を目前に控えていた春であった。

 その時もまた、賢司は律子と一緒に、土手の上にいた。

 実のところは、律子が何を言ったのか、賢司は聞き取れなかった。
 しかし、断片的だが、律子の唇が読めた部分があった。
 賢司は怖くなって、聞き返したりはしなかった。

 夕陽を見て、賢司は律子を見た。
 夕陽を見て、空を見た。

 その時の律子は、突然、左腕のブラウスの袖を、少しだけ擦り上げた。
 か細い手首についた無数の十字傷を、賢司に差し出した。
 それは、さながら太い鎖の様にも見えた。

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