なつものがたり
お互い何を話すでもなく、
終電が近づき、少し混雑した車内で寄り添うように立つ。
酔いも見事に覚めそうなくらい、
わけがわからないシチュエーション。
「あのさぁ、」
「...ん?」
「あたし、酒臭い?」
「奈良漬級」
「ですよね、」
「気持ち悪いのは収まった?」
「うん、わりと」
「じゃ、うちで二次会な、」
そう言って笑う希鷹の笑顔に、酔いだけじゃない鼓動の早さでまた気持ち悪くなるんじゃないかって。
“蒲田さん、は?”
そう、聞いてしまった
さっきのやり取り。
予想外な反応が
嬉しくて、
だけど、この嬉しさなんか一時のもんだ。
明日以降の落胆を考えると、
幸せに触れるのが怖い。
一ヶ月半前まで
当たり前だった希鷹と2人の時間が
とても儚く、脆く感じる。
手はまだ繋がれたまま、
希鷹の住む駅へと降り立つ。
夏が終わる気配を少し感じながら。