君の知らない空
今日、彼に言うのは無理かな……
一回りマシンをこなして帰ろうと、フロアを出たら沢村さんが駆け寄ってきた。
何だか嬉しそうな顔をしている。
「高山さん、さっきの方のことなんだけど」
彼がどうしたというのか。
辺りを気にするしぐさで、沢村さんが顔を寄せてくる。私も自然と顔を寄せて、まるで内緒話するかのように。
「あの方の名前、小川さんって言うんですけど知ってます? 小川亮(あきら)さん」
「小川さん?」
あまりにも唐突すぎて、私はぽかんとしてしまっていた。
それを沢村さんは、私が彼のことを知らないと思ったのだろう。嬉しそうな顔が一気に曇る。
「あれ? 違いました? 知ってる人じゃなかったですか?」
「はい……人違いだったみたいです、似てたんだけどな……すみません」
と返す私は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。正直に事情を話すのは、どうしても抵抗があるから言えない。
「私が名前教えたことは内緒にしてくださいね、個人情報とかうるさいですから」
沢村さんが両手を合わせ、ぺこっと頭を下げる。
「もちろんです、ありがとうございました」
こちらこそごめんなさい。
私は心の中で沢村さんに謝った。