君の知らない空
席に戻ってしばらくすると、優美がひょっこりやって来た。私の椅子の横に屈み込み、机にちょこんと手を掛けて微笑む。
「おはよ、さっき何言われてたの?」
私にさえ聴き取りにくいほどの小さな声は、オバチャンを意識しているからだ。
「チャラのこと、教えてくれたよ。それと、優美と同じこと言ってた」
声を殺して答えると、優美は少しだけ腰を浮かせて辺りを窺った。そして再び屈み込んで私に顔を寄せてくる。
「美香のこと、何か言ってなかった?
あの子、今日休んでるみたい」
優美が目配せした方、美香の席へと目を向けた。確かに机上は整頓され、モニターは暗い。
「体調不良? 頑張ってたから疲れが出たのかなぁ?」
毎日、美香は頑張ってた。
山本さんに聞き辛いことは、山本さんのいない時に私に聞きに来て、必ず解決するようにしてたし。ノートも綺麗に作っていた。
それなのに優美は、
「危険を察したのかもよ?」
なんて言うから、私は腹が立った。
「優美、そんな言い方しなくてもいいでしょ」
語気を強めて言うと、優美は肩を竦める。
「冗談だよ、それより今日はジム行かないの?」
いつも机の下の棚に押し込んでいる大きなジム用バッグがないことに、優美が気づいたらしい。
「うん、今日は行かない」
さりげなく答えたのに、優美は表情を変えて立ち上がる。口角を上げて、にこっと笑う顔が何か企んでいる。
「よし、じゃあ晩御飯食べに行こう」
私の返事を待たずに、優美は席に戻っていった。