君の知らない空
◇ 迷いの中で
月見ヶ丘駅前の居酒屋で、私は昨日のことを話した。ジムで彼の名前を教えてもらったこと、お礼を言うために待ち伏せして呼び止めたこと。
「何それ? ホントに彼だったの? 実は人違いだったんじゃない? 高架下なんて街灯暗いから……よく似た人だったとか?」
いかにも疑わしいと言いたげな顔をして、優美が顔を覗き込む。
優美の手にしたグラスには梅酒ロック。お酒の入った優美の表情は、いくらか柔らかになっているように見えても目はきらきらと好奇心に溢れている。
「いや、間違ってないよ。絶対に彼だったんだってば」
一昨日の事を思い出したくはない。
でも、あの時の彼の姿は忘れたくなかった。差し伸べられた手の固く大きな感触が、今も鮮明に蘇る。
「ファーストコンタクトは失敗かぁ……そりゃ、ジムに行きにくくなるね」
優美は頬杖をついて口を尖らせた。
改めて失敗と言われると、胸が痛い。
気を紛らわそうと、グラスを揺らして氷をくるくる回しながら目を伏せた。
「うん、もうしばらく行くのやめてようかと思ってるんだ」
「何で? 諦めるの?
もしかしたら本当に人違いだったのかもしれないし、何か事情があるから故意に知らないフリしてるのかもしれないよ?」
「故意に? それって彼女がいるからバレたらマズイってことじゃないの?」
だとしたら望みはない。
今のうちに諦めた方が賢明かもしれない
グラスに半分残ったチューハイを飲み干し、ふぅと大きく息を吐いた。