君の知らない空
私がたどり着くよりも速く、ドアが開いた。ぎゅっと胸が押しつぶされそうになる。
そこには一瞬、少し驚いたような顔をした彼。後ろに誰か隠れていないかと構えて、覗き込んだら彼が笑った。
優しい顔。
凝り固まってた心が溶かされていく。
「誰もいないよ、ほら座って」
彼の手が肩を支えてくれる。
さっきまでの猜疑心が、あっという間に消えていった。
再びソファに座らされた私の足首に、彼がタオルを当ててくれる。
冷たい……
どこで濡らしてきたのだろう。
「冷やせば、少し楽になるから」
何となく、訛りがあるように聴こえる声は穏やかで。
黒いキャップ越しに覗く彼の顔は、昨日私に見せたような冷ややかさはない。
私を恐怖から解放していく。
「ありがとうございます」
やっと、心から言えた。
また視界が滲んでく。
「どういたしまして」
笑って返してくれた彼が、眼鏡を外していることにようやく気づいた。
彼が電車に乗ってきた時、跡を追って見失うまではちゃんと掛けていたのに。
眼鏡だけで、ずいぶん雰囲気が違って見える。眼鏡を掛けてると物静かで真面目な印象なのに、今の彼は……
吸い込まれてしまいそうになるのは暗がりのせいだろうか。
慌てて目を擦った。
「あの……名前教えてくれませんか」
訊ねたら、彼は苦笑を漏らす。
てっきり断られると思ってたら、
「小川、亮」
ぽつりと返して、彼は目を細めた。