君の知らない空
東岸突堤のホテルの上階から望む海と街の景色に、私は目を奪われていた。
ショッピングモールや建ち並ぶビル。
夜になるとイルミネーションに彩られて、また違った景色を見ることが出来るのだろう。
あの日、船上から見た景色に似ている。
でもあの日と違うのは、胸の高鳴り。
目の前に広がる景色の手前には大きな鉄板があり、立ち上る匂いと音とに食欲を唆られる。
桂一は、ホテルの上階のステーキハウスに連れてきてくれた。
さっき一緒にいた先輩に軽く食事してきたいと話したら、この店に行ってご馳走するようにと言われたそうだ。
気遣いは嬉しいんだけど……
付き合ってた頃には来たこともない店に、何の心の準備もなく来たものだから落ち着かない。
このドキドキは、隣に桂一がいるからじゃない。こんな店に来てるからだ。
「仕事中だったんでしょ? 本当に大丈夫?」
桂一に訊ねた。
はっきりと口に出しては言えないけど、『大丈夫』というのは桂一の仕事に対してだけではない。金銭面に対する心配も込めていた。
「大丈夫、心配いらないよ」
微笑んだ桂一の口調は、私の心配をかき消すようにしっかりしている。
その表情も昔と比べて、いくらか引き締まって見えた。
今の仕事に慣れてきたからかな……
こんな店には職場の先輩に連れられて、よく来てるのかな……
そんなに収入がいいのかしら?
いろんな憶測が頭を巡る。
桂一が変わっていく。
あの日の私たちが霞んでいく。