君の知らない空
しばらく何も話すことが思いつかなくて、景色ばかり見ながら黙々と食べていた。
だって、お腹が空いてたし。
お腹が満たされてきた頃に、ふと気づいた桂一の視線。気恥ずかしくて、知らないフリして食べてたら、
「髪切ったんだ、短いの初めて見たよ。前に会った時はまだ長かったよなぁ? 何で切ったの?」
って言われて驚いた。
やっと気づいたのかとも思ったけど、急いで口の中を空っぽにする。
「うん、気分転換。暑くて堪らなかったから、短いと楽でいいね」
素っ気なく返して、ちらっと振り向いた。桂一は頬杖をついて笑ってる。
何だか照れ臭い。
私は目を逸らし、グラスを手に取った。
「似合ってる」
桂一が、ぽつりと零した。
口に含んだ水が逆流しそうになって、口を手で押さえる。
なんてこと……
平静でいるつもりだったのに、たぶん私の顔は赤くなってるだろう。
私の負け?
と思ったら、桂一が神妙な顔をしている。私の焦りなど全く素知らぬ様子で。
「なぁ、橙子。ちょっと聞いていい?」
急に改まって、いったい何?
私は咄嗟に身構えた。
「今さ……付き合ってる人とか、いるの?」
遠慮がちな声は、油断していると聞き逃してしまいそうなほどで。
どこかで聞いたことのある言葉。
記憶の奥深くからするすると引き上げられたのは、真夏の暑い日のこと。
かつて私たちが付き合い始めるきっかけとなった桂一からの電話で、同じ言葉を聞いた。
記憶の中の自分が、今ここにいる自分に重なり合おうと寄り添ってくる。