君の知らない空

◇ 浮かんだ疑惑



煌めく波の彼方に浮かんだ遊覧船が、時おり大きなうねりに揺られている。
それに対してホテルの前に接岸したシャイニングパール号は、うねりに囚われることなく悠然と日差しを浴びて輝いている。


いつか見た姿と何ら変わらない。


ランチクルーズを終えて帰港した船からは、続々と乗船が降りてくる。目の前を通過していく人々はみな、満足げな顔をして笑っている。


ホテルの3階のフロアは、シャイニングパール号専用の乗船受付兼待合になっている。
広々とした空間は絨毯張りでゆったりと座れるソファがいくつもあり、中央ターミナルビルの待合よりも豪華だ。


私はそのひとつに腰を下ろして、きょろきょろと乗客や窓の外の景色を眺めていた。
少し離れたところで電話していた桂一が、ニヤッと笑いながら戻ってきた。


「どうしたの?」


「橙子送っていったら、今日は帰っていいって」


いい笑顔。
本当に嬉しそうに話す。


「それって結局は午後半休じゃない、いい会社だね」


「だろ? こういう、すごく融通が利くとこがいいんだよなぁ」


どかっと勢いよく桂一がソファに座ったら、もたせかけていた松葉杖が滑り落ちた。


「ごめん、これで月曜日から通勤するの大変だよな、電車だろ?」


松葉杖を拾い上げながら、桂一が顔を覗き込む。


「うん、そうだけど仕方ないよ。自分が悪いんだもん」


溜め息混じりに返したら、急に昨日の情景が蘇る。


暗がりの部屋で見た彼の顔。
小川亮……と名乗った声まで。


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