君の知らない空
ぼんやりと思い出に浸りかけた私の前に、桂一の顔が躍り出た。
「橙子? もしかして……お腹いっぱいになって眠くなってきたか?」
ぎょっとする私を見て、してやったりと言わんばかりの得意げな顔。
なんだか腹が立つ態度。
「違う、ちょっと考え事してただけ」
と言い放って、私は顔を背けた。
すると遊覧船の接岸する中央のターミナル岸壁に、見たことのない一隻の船が入港している。
それはシャイニングパール号の見える窓とは、反対側の窓に映る景色の中。
周りに停泊する遊覧船よりも大きくて、シャイニングパール号より一回り小さな船だ。
船首の側面に船の名前らしき漢字三文字が書いてあるけど、ここからじゃ見えない。英語ではなく、最後に号という字だけ分かる。
「ねぇ、あの船は? 遊覧船?」
思わず桂一に尋ねた。
「あれは遊覧船じゃなくて、中国とここを行き来してる船だよ。毎週木曜日に入港して、金曜日に中国に向けて出港していくんだ」
「そうなんだ、だからターミナルビルの2階に税関とかがあったんだ」
驚いた。
今まで中国を往復してる船の存在なんて知らなかった。木曜日と金曜日にしか停泊していないなら、知らなくても無理ないだろうけど。
「そう、6時出港だからそろそろ乗客が集まってきてるんじゃないか?」
フロアの時計を見上げて、桂一がさらりと言う。
「桂、すごいね。何でそんなに知ってるの?」
疑問が自然と口から零れる。
同時に、首を傾げずにはいられなかった。