君の知らない空
「橙子、ごめんな、ありがとう」
桂一が、私の手から素早く書類を奪い取る。おかげで私の意識は、この場に戻ることができた。
私の気のせいだろうか、いや違う。
そそくさと書類を重ねてバッグに押し込む桂一の様子には、明らかな後ろめたさが感じられる。
桂一は、何か隠してる。
「桂、その写真は何?」
ちらりと私を見たのに、すぐに目を逸らす。ぐっと噤んだ口元は頑なに、何も話すまいとしているようだ。
「ねぇ、その写真の人たちは誰? 桂の知り合い? 職場の人? 仕事と関係あるの?」
再び語気を強めて尋ねたけど、桂一は唇を噛んだまま答えようとしない。私の視線を無視しながら隣に座り、バッグを抱え込んだ。
「桂、そんなに言いにくいことなの? ねぇ、教えて。写真の人たちはみんな中国人? 桂の仕事とどんな関係があるの?」
私は、必死になってた。
彼と桂一の仕事にどんな関係があるのか、彼の本当の名前は何というのか。
桂一の口から聞きたい。
「ごめん、言えない」
何度か小さく息を吐いた後、桂一が首を横に振った。
やっぱり目を合わせてはくれない。
苛立ちと不安で胸が疼いてる。
「どうして教えてくれないの? 仕事で言えないことなの? 私、誰にも言わないよ? 」
縋るように桂一の顔を覗き込んでも、わざと私から視線を逸らしている。
こみ上げそうになる涙を抑えながら、私は桂一を見据えていた。
桂一が口を開いてくれるのを待って。