君の知らない空


ふと桂一が振り向いた。
固く閉ざしていた唇が、ゆっくりと開いていく。


そこから発せられる言葉を待つ私の目に映る桂一の顔は強張ったまま。


「写真の人は知らない。仕事だから……社内機密だから、これ以上は話せない」


きっぱりと言い切った。
私を見つめる桂一の目に、優しさはない。
完全に突き放された私は、忘れかけていた距離感を思い出した。


途端に熱くなっていた気持ちが、急激に冷やされていく。必死になって問い詰めていた自分が、馬鹿みたいに思えてくる。


「そうだね、仕事上のことだから仕方ないね。ごめんね」


桂一がその気なら、もういい。
彼のことは気になるけど、もう諦めるしかないだろう。


深追いするのはやめよう。


と、私は思ったのに……


桂一はバッグを広げ、さっきの紙を取り出した。


「橙子、もしかして、この写真の中に知ってる人がいるのか?」


今度は桂一が私に尋ねた。


私に突きつけられた数枚の紙の中には、彼の姿が映っている。


何度見ても見間違えることはない。
どう見ても彼だ。


でも写真の下に書いてある文字が名前だとしたら、この写真の男性は私の知らない人だ。
『杜亮維』なんて人は知らない。
私の知ってる彼の名は、小川亮だから。


「知らない、知ってるわけないでしょ」


ふいっと目を逸らした。


「じゃあ、何で、そんなに必死になってたんだよ、本当は知ってるんじゃないのか? お前こそ正直に言えよ」


眉間にしわを寄せた顔が怖い。
今度は桂一が私を疑ってる。


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