君の知らない空
車の中、私たちは言葉を交わすこともなく流れる景色を眺めていた。
でも、景色なんかは素通り。
頭の中では桂一のバッグの中の書類に載った彼の写真と名前が、謎めいた尾を引いて巡っている。
桂一の仕事って何なんだろう。
仕事とはいえ、桂一と彼はどんな関係があるのか。
そして何よりも、桂一に責められたことが未だに胸で疼いている。
これ以上、何も聞けない。
車は次第に、私の家へと近づいてくる。
夕霧駅の傍を通り過ぎていく頃、もやもやとした気持ちをかき分けるように思い出した。
駅の駐輪場に、自転車を停めてる。
と言い出せないまま、車は私の家から近い公園の脇に停まった。
すると桂一が、シートベルトを外して手を差し出した。同じようにシートベルトを外そうとした私が顔を上げると、
「自転車の鍵、貸して。取ってくるから、ここで待っててよ」
と桂一が言う。
顔に笑みはなく、厳しいまま。
「え、いいよ。月曜は歩くから……」
「いいから早く出して、月曜の朝は迎えに来るから歩かなくていい」
私の言葉を畳み掛けるような、きつい口調。だけど、その言葉には桂一の優しさが込もっている。
私は鍵を桂一に渡した。
「ありがとう、お願い」
「うん、暑いからエンジンつけてくよ、ロックしといて」
鍵を握った桂一は、小さく頷いて車を降りた。
言われた通り、車のドアをロックしてバックミラーを覗いた。暑い中、桂一が駆けていく背中。
私は、複雑な気持ちで見送っていた。