君の知らない空
どうして、もっと教えてくれないの?
これ以上はいけないと分かっているのに、聞きたいことが次々と溢れ出す。
決して口にしてはいけない。
抑えようとするほどに、胸が締め付けられて苦しくなっていく。
今にも声に出しそうになる口元が、僅かに震え出す。
察したように、桂一が辛い顔をした。
「橙子、情けないけど、俺は何の力も持っていないから、何かあった時に橙子を守れる自信がないんだ。もし何かあったら……橙子を危険な目に遭わせたくない」
と言って、桂一は私の腕を掴んだ。
固く握り締めた手の力強さと訴えるような目が、懸命に私を引き止める。
弱気だけど、はっきりと桂一の意志の感じられる言葉に胸が揺らぐ。
でも、その中に聞き逃すことの出来ない言葉があった。
「危険?」
思わず聞き返したら、桂一はふと目を逸らした。
路地裏で聴いた声、ぼんやりと見えた黒い影、追いかけてきた男たち。
そして、私を暗がりの部屋に連れていった彼の姿が脳裏に浮かんだ。
ぽっかりと開いた穴の暗闇の中に垂らした細い糸を、恐る恐る手繰り寄せるように。
か細い糸にすべてが絡みつき、繋がっているように思えてくる。
風を浴びて自転車を漕ぐ姿、
ジムのプールでしなやかに泳ぐ姿。
私の記憶の中にいる彼の姿は、危険という言葉とは全く不釣り合いだというのに。
否定しようとする私を見つめて、桂一が小さく頷いた。私と自分自身に言い聞かせるように。