君の知らない空
すっと目の前を車が通り過ぎた。私たちの少し先に、緩やかに停車した小さな水色の車。
桂一だ。
「あ、来たみたい」
顔を上げた私の視線を美香も追う。
車から降りてくる桂一に、慌てた様子が窺える。
「お兄さん、ですか?」
「いや、友達」
美香に問われて、私は咄嗟に答えた。でも答えながら、妙な違和感を覚える。
「じゃあ、お疲れ様です」
私の違和感を察したのか、美香が頭を下げて早々に立ち去ろうとする。余計に変な気持ちになってくる。
「ありがとう、お疲れ様」
笑って返すと、美香が振り返った。
「橙子さん、また今度、一緒に食事に行ってもいいですか?」
「うん、行こうよ。私はいつでもいいよ、美香ちゃんの都合に合わせるから」
「ありがとうございます」
早足で駐車場へと去っていく美香が、こっちに向かってくる桂一とすれ違う。互いの顔を確かめると、美香は軽く会釈した。表情までは見えないけど、美香のことだからきっとにこやかな顔をしていたに違いない。
会釈を返した桂一が、ぴたりと動きを止めた。桂一の怪訝な横顔が、ここからでも見て分かる。
でも美香は気づいていないのか、知らない様子で通り過ぎていく。
美香のこと知ってるの?
私は首を傾げて見てるけど、桂一は気づかない。
美香の姿が見えなくなるまで見送った桂一は、険しい顔をしたまま私の方へとやって来る。
「遅くなってごめん、カバン貸して」
美香のことを訊ねるのかと思ったのに訊ねない。私の手からバッグを取った桂一の顔が、僅かに強張っているように見えた。