君の知らない空
車を走らせる桂一は無口で、声を掛けていいのか戸惑うほど強張った表情のままだった。
桂一は美香のことを知っているんだ。
どうして桂一が、美香のことを知ってるんだろう?
接点なんてあるのだろうか?
聞きたいけど聞けない。
ピリピリした空気が車内に充満してる。
「さっきの子、同じ会社の子?」
桂一が口を開いた。
ほっとすると同時に、得体の知れない緊張感が込み上げてくる。桂一がこれから何を明かすのだろうという恐怖とともに。
それでも出来るだけ、平静を装いながら答えた。
「うん、2ヶ月前に入ってきた新人の子。可愛いでしょ?」
「ああ、この辺りの子? 名前は?」
桂一は表情を崩さない。
「家は会社から車で10分ほどらしいよ、白木美香っていうんだけど……もしかして、桂、知ってるの?」
「白木、美香? いや……知らない。知ってる人に似てると思ったけど、人違いだったみたいだよ。ごめんな」
じっと顔を覗き込む私から目を逸らすように、桂一が首を振る。
その見覚えのある仕草に、胸がざわめき始めた。あの時を彷彿させる桂一の仕草と表情。
桂一はまた、何かを隠している。
本当は美香を知ってる。
「桂、本当に? 本当は美香を知ってるんでしょう? 隠さないで教えてよ」
思わず訊ねたら、桂一が小さく息を吐いた。とても悲しそうな顔をして。
「橙子、俺もう分からなくなってきたよ」
桂一のか細い声が、私の胸に沁みていった。