君の知らない空
美香の父親が会社を乗っ取ろうと知ったら、オバチャンたちや皆は何と思うだろう。想像しただけでも恐ろしくなる。
何とかしたいけど、どうにも出来ないもどかしさを抱えたまま日にちは過ぎていった。自分の無力さを痛感しながら。
仕事中、美香とは話すことはほとんどない。美香も自分の置かれた状況を理解して気を遣っているのか、私に話し掛けようとしない。
専ら出勤時か退社時、周りに誰もいない時に挨拶を交わす程度。でも美香が私に見せてくれる笑顔は、今までと変わらない。
「高山さん」
不意に呼ばれて顔を上げたら、真顔の江藤がいる。私に答える隙を与えず、目の前に書類を置いた江藤がペンで指し示す。
「ちょっといい?」
そこには小さな付箋紙、十桁ぐらいの数字と文字が書かれている。
『090ーXXXXーXXXX
オレのケータイ、
今晩9時ごろ電話して。
内緒な。』
付箋紙を前に目が点になる私をよそに、江藤はさりげなく付箋紙を書類から外して机の上に貼り付ける。
「この予算って、いつもどれぐらいか教えて。だいたいの金額でいいから」
江藤は何事も無かったように、付箋紙を外した書類を見せた。
「うん、ちょっと待って……」
私はぎこちなくファイルを開いた。
見慣れた日常の業務風景だから、周りの誰一人として振り向くこともない。
江藤の真意が読めない私の胸には、ドキドキと不安が混在していたけど。