君の知らない空
午後9時15分、部屋に籠ってから約15分、何度息を整えただろう。目を閉じ、大きく息を吐いても胸の疼きは収まらない。
床に座り込んでベッドに凭れ、携帯電話を睨みつける私の手には江藤から渡された付箋紙。
『内緒』と書かれた文字が、ただならぬ展開を予感させる。
もちろん、この事は誰にも話していない。優美にも、家まで送ってくれた桂一にも。
江藤は何を話そうとするのか……
告白などではないことは確かだけど、なぜ会社で話さなかったのか。
リフレッシュコーナーでも、自席でも、打合せテーブルでも、社内のメールを使ってでも話すことは可能なのに。
どうして帰宅してから、こんな時間に電話を掛けろと言うのか。会社では話しにくいことか、話せないことに違いない。
ついに観念した私は、慎重に番号を打った。呼び出し音が鳴り始めたと思ったらすぐに、「もしもし……」と江藤の声。まるで待ち構えていたような声は何となく、いつもより畏まっているように思える。
「江藤? お疲れ様、高山です」
「うん、高山。お疲れさん、急にごめんな、今いい? 掛け直そうか?」
私が名乗ると、ぱっと声色が変わった。
「いいよ、大丈夫。どうしたの?」
「ああ、うん……白木のことなんだけどさ、最近オバチャンに敵にされてるよな、あんまりにも可哀想でさ」
美香に同情する江藤に、とりあえず安心した。しか、どうして江藤が美香を?
「そうだね……でも、私もオバチャン怖いから何とも出来ないよ」
私に何とかしろと言われても、無理難題だと江藤も分かっているはずだけど。