君の知らない空
「父が動き始めたことはご存知でしょう、貴方は父の右腕だったのだから。引退したとは言え、貴方の耳に届いていないはずない」
「いや、知らないなぁ。彼は……綾瀬は順調なのかな? 会えるものなら是非とも会って話をしてみたいものだ。君が毎日見舞いに来てくれた礼も言いたいよ」
菅野の笑い声は、怒声に遮られて消えていった。
『綾瀬』というのが、美香と彼の父親の名前。でも美香と姓が違う。
美香の姓は『白木』、小さい時に両親が離婚して父親と兄と三人だったと江藤は言っていた。結婚はしていないのに、どうして姓が違うのだろう。もしかすると『白木』というのは母親の姓?
「貴方も頑固だな……父が俺を殺るように依頼していることは、とっくに知っていますよ。もう大方片付けさせてもらいましたから、残りは知れてますが……父が貴方に依頼したのでしょう?」
笑みを含んだ冷ややかな声は、話の内容にただならぬ恐怖を感じさせる。
父親に命を狙われているなんて、絶対に普通じゃない。そんなこと親子喧嘩どころじゃ済まされないことだ。
しかも、依頼って何?
そんな依頼を受けるような人が、本当に存在するの?
彼が大方片付けたのは、依頼を受けて彼を狙っている人たちのこと? 彼は自分の命を狙う人たちを返り討ちにしたというのだろうか。
常識を逸する会話に、私の頭の中はただ混乱するばかり。
病室で繰り広げられる会話の内容を誰かに噛み砕いてもらい、分かりやすく説明してほしい気分。
病室の中には何かが起こったとしてもおかしくない、緊迫した空気が立ち込めている。その空気は外にいる私まで、しっかりと伝わってきて息苦しささえ感じ始めていた。