君の知らない空


「それと、彼女には一切手を出さないでもらえませんか」


「彼女? 美香がどうかしたのか? 私は何も知らないし、手出しなど出来るような立場ではないが……」


「惚けないでください、彼女をあの会社に入れたのも父と貴方の策でしょう。何を吹き込んだのかは知りませんが、美香には何の関係もない。巻き込まないでいただきたい」


力強い口調からは、愛しい者を思う彼の気持ちがしっかりと感じ取れる。
初めて二人を見た時は恋人のようだっだけど、そう見間違えるほど彼が美香のことを思っているんだ。


美香の入社は、やはり父親の意図によるものだったのか。美香はすべて知っていて、父親に従って入社したのだろうか。何のために?


「しかし、君は何もかも私のせいにしたいようだな。綾瀬は君ほど疑い深い男ではないのにな、君は父親似ではないようだ」


「ありがとうございます。俺にとって最高の褒め言葉だ、あんな男を父親だと思ったことは一度もありませんから。俺にはただの仇でしかない」


菅野の高らかな笑い声を掻き消すように、彼が言い放つ。凛として圧倒するような声が、病室いっぱいに反響しているように感じられた。
壁越しに背中がぞくっとする。


「綾瀬は、君と争うことを本心から望んでいるだろうか。本来なら君が綾瀬の跡を継ぐべきだというのに……なぁ? 私もこんな状況は間違っていると思うが、君はどう思う? 」


一変して哀れむような菅野の声は、とても本心からとは思えない。非常に冷酷で、何かしら企てているようにも受け取れる。
年齢的な要因か、彼に比べて感情的にならないところが菅野の方が上手かもしれない。


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