君の知らない空

「馬鹿げた話だ。何を今さら……俺にはそんなもの興味はない。あの男に自分自身の犯した罪をきっちりと償わせるだけだ」


「君の言いたいことも分かるが、綾瀬は心から彼女を想っていたということだけは分かってやることはできまいか? 君が美香を想う気持ちと何ら変わらない」


「黙れ、俺は父とは違う。往生際が悪い男にしか思えないな、すべてが言い訳にしか聞こえない。もう遅いんだよ」


その声は怒りに満ちている。病院の玄関で見た彼の、綺麗な顔立ちからは想像出来ない。


彼女とは誰?
父親の罪とは?
二人はどんな関係なんだろう。
ただの親子喧嘩や会社の乗っ取り以上に、複雑な事情が絡み合っているように思える。


不意に抱え込んでいたバッグが震え出す。
携帯電話だ! 幸い病院だからと着信音を消していたが、しんとした廊下にバイブの振動はよく響く。


咄嗟にもたれていた壁から背を離して、バッグの中に手を差し入れる。ところが、いつも入れてるはずの内ポケットには入ってない。さらにバッグの奥へと手を突っ込んだが、ごちゃごちゃとしていて全く見つからない。


何で見つからないの!
まだ携帯電話は鳴り続けている。
次第に焦り始めた。病室の会話を聞くどころか、病室の中の彼らが気づいたらどうしようかと。


しかし、私はついていないらしい。
バッグを開こうと手繰り寄せた拍子に、足元がふらついた。体勢を立て直そうとして、再び壁にもたれ掛かった私の肘が病室の扉に勢いよくぶつかる。


しまった!と思ったが遅かった。
鈍い音が廊下に響いて、頭から血の気が引いていく。
病室にも間違いなく届いたと確信したのは、彼らの声が消えたから。



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