君の知らない空
自転車に乗った若い男性の後ろ姿が、商店街のオレンジ色の街灯に照らし出された。
風を孕んで心地良さげに舞う焦げ茶色の髪、逞しい肩が風を纏って舵を取る。暑さなど全く気にならないような軽やかな背中は、むしろ涼しげで心地よささえ感じられる。
商店街を駅へと向かう疎らな人の流れの合間を縫って、自転車を漕ぐ背中がぐんぐん遠ざかっていく。
ドクンと鼓動が弾けた。
あの風に触れたい。
いつしか、私は手を翳していた。掴むことも触れることさえも、できないことだとわかっているのに。手が届かないとわかっているのに。
触れたい。
私の願いを置き去りに、限りない透明感を纏った彼は人波の中へと溶け込むように消えていく。まるで風のように、この手に触れることも掴むこともできない。
空を泳がせる私の手に、僅かに風が触れた気がした。優しい香りを残して、風はあっという間に指先をすり抜けて姿を消してしまう。
芳しい風は私の心の奥深くに、いつまでも消えることのない深く鮮やかな痕跡を刻んでいた。