君の知らない空

  
菅野という男の病室の隣、知らないおばさんの病室のソファに座る私はまるで借りてきた猫状態。
美香の兄と厳つい男たちは、私がここに入って間もなく帰っていった。


携帯電話の着信は思ったとおり、桂一からだった。
『まだお薬待ち、もう少し待ってて』とメールを送信したら、目の前にお茶が出された。


「はい、どうぞ」


おばさんの柔らかな笑みが幾分穏やかに見えるのは、通り過ぎた危機に私自身が安堵しているからか。


「ありがとうございます、助けてくれて……」


言いかけた途端に、おばさんが口元に人差し指を当てる。怖い目で首を横に振って、


「気にしないで、ね」


と声のトーンを落とした。
菅野の病室の会話が扉越しに聴こえたのと同じように、ここの会話も隣の病室に聴こえてしまうかもしれないのだろう。
頷き返すと、おばさんはにこっと笑う。


「あなた、あの人たちのこと知ってるの?」


「いいえ、知り合いの家族かもしれなくて、ついて行っただけなんです。でも何だか普通じゃないっていうか……変わった人たちですね」


おばさんの声のトーンに合わせて、私も声を殺して答える。意図を察したことを確信したおばさんが、満足そうに頷いた。


「そうね、変わってるんじゃなくて危険ね。毎日今頃の時間に見舞いに来て、一通り怒鳴り合いして帰っていく。壁に耳を当てなくても、嫌でも聴こえてくるわ」


溜め息混じりの言葉だけど、表情はさほど嫌でもないように明るく感じられる。
さすがおばさんだ。きっと興味津々で話を聴いていたに違いない。
ということは、さっき私が聴いたのとは違う情報も得ているのかもしれない。


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