君の知らない空


買ったばかりのパンの入った袋を膝の上に載せて覗いてみる。どれも美味しそうだけど買い過ぎたかな……と思いながら、傍に置いた缶コーヒーに手を伸ばした。


不意に視界の中に影が映り込む。
自転車のタイヤ……?
普通よりも太く感じられる。


目の前に、正確にはパン屋の前に自転車が停まった。私は握り締めたコーヒーの缶を取り上げることができず、固まったまま動けない。


自転車の鍵を掛ける音が、合図を送る。私は期待を抱きつつ、ゆっくりと顔を上げた。


赤い自転車が目に映る。
彼だ!


確信した私は、自転車を離れて店の扉に手を掛ける人を見上げた。


でも、彼じゃない。


すらりとした長身の若い男性。短髪で比較的細身の綺麗な顔立ちは、美香のお兄さんに似ているけど、この男性の方が落ち着きが感じられる。


どこかで見たことがあるような気がするのは、気のせいなのか。


私の視線に気づいたのか、男性は穏やかな笑みを見せる。私が会釈すると、男性は店の中へと入っていった。


私の真ん前に停まった自転車は、確かに彼のものだと思う。自転車には詳しくないけど。


たまたま同じ自転車に乗ってる人なのかなぁ……どうしても納得できずに、赤い自転車と店内でパンを選ぶ男性を交互に振り返る。


もしや、盗難?
そんなはずないだろう。


しばらくして扉が開き、パンを買った男性が現れた。
慌てて目を逸らすが、意識は自転車に集中したまま男性の動静を気にしてる。


しかし男性は自転車でなく、自販機の前に立った。財布から小銭を取り出して、投入口に入れる。ボタンを押して、取出口に手を伸ばす一連の動作が流れるようだ。


見惚れていたら、男性が振り向いた。


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