君の知らない空
男性とばっちり目が合ってる。
彼は余裕さえ感じられる笑みを浮かべて、私を見下ろしている。その顔はますます見たことがあるような気がして、目が離せない。
「どこかでお会いしました?」
ゆったりとした口調。にやっと笑う男性の口元には小さなホクロ。
記憶の奥から、するすると引き出されてきた写真。それは桂一の持っていた書類に載っていた男性のひとり。髪型はもう少し長くて、目の前にいる男性とは違うけど顔は同じだと思う。
ええっと、たしか名前は……
「私は、周といいます」
そう、そんな名前だった。
何で急に名乗るの?
「周さん? 中国の方ですか?」
「はい、隣に座ってもいいですか?」
にこっと笑った周さんは、私の答えを待たずに腰を下ろす。置いていた缶コーヒーを慌てて取り上げた。
「ここのパン、美味しいですよ」
「そうなんですね、私はたまたま通りがかって……初めて買ったんです」
「ぜひ召し上がってください」
何だか変な会話かも……
流暢で丁寧な日本語を話すけど、見た目は全然分からないものだ。ほんのりと茶色掛かった黒い髪、黒い瞳も整った目鼻立ちも何ら変わらないのに。
周さんがサンドイッチを食べてる。全くパン屑を零さないし、口元を汚したりしない。トマトの入ったサンドイッチなのに、ベタベタと手を汚すこともない。
綺麗な食べ方だなぁ……と、私は周さんの横顔をじっと見上げていた。
食べ終えて、缶コーヒーをぐいっと飲んだ周さんが、
「美味しかった」
ととてもいい笑顔で振り向く。
ドキッとするような笑顔。
とりあえず、笑って返すしかない。