君の知らない空
誰が彼の住所を教えたんだろう。
疑問を抱きながら、私はショッピングモールまで歩いた。あちこち歩き回ったせいで足が痛むから、早くどこかで休憩したい。
隣のスポーツジムの駐輪場を見ながらショッピングモールの入口へと向かうが、赤い自転車は停まっていない。彼がいつも自転車で移動しているとは限らないと言い聞かせながらも、祈らずにはいられなかった。
捕まらないでほしい。
だって彼の家の周りには、桂一や綾瀬の配下がうろうろしている。こんな近所のジムやショッピングモールにいたら、すぐに見つかってしまう。そんな大胆なことをするはずはないだろう。
ジムの出入口と駐輪場を見渡せるファストフード店に入った。お昼時だから混んでいる。コーヒーとサンドイッチを買って、窓際のカウンター席に座る。コーヒーを一口含んだら気持ちが和らいでくようで、ふうっと息を吐いた。
そう思いつつも、ジムの駐輪場に出入りする自転車を目で追ってしまう。もしかしたら……を、どこかで期待している。
もし彼が周さんと同じ中国の人なら、もう中国に帰ってしまったかもしれない。小川亮って、本当の名前じゃないの?
彼に聞きたい、彼と話したい気持ちが胸の中で溢れ出す。
気持ちを落ち着かせようと再びコーヒーカップを口元に寄せた時、会話が耳に飛び込んだ。
「綾瀬さん、怖いよなぁ。今度ばかりは本気だな……」
「ああ、すっげえ金額だよな。貰ったらとっとと辞めよっか?」
二人組の若い男性。私と同じ窓際のカウンター席に並んで座っている。横目で窺ってみたら二人とも短髪で派手な服装でもなく、どこにでも居そうな普通の人っぽい人たち。
とくに引っかかったのは、会話の中の『綾瀬』という名前。顔を向けてしまいそうになる衝動を、私はぐっと堪えた。代わりに、そちら側の耳を精一杯傾ける。