君の知らない空
「ここだけの話だけどさ、俺は事務所が焼けてよかったと思ってるんだ。事務所に置いてるややこしい書類が無くなったら、俺らも辞めやすいだろ?」
「何? 借用書とか? お前、綾瀬さんに借金でもしてるのか?」
一人がからかうように笑うと、もう一人が舌打ちをした。
「違うって。綾瀬さん、俺らのことも身辺調査みたいにしてるらしいからさ、何か調査書とか置いてそうで気持ち悪いだろ?」
「ああ、俺らのこと信用してないよな……こき使ってるくせにさ、でも今時、紙じゃ置かないだろ?」
二人の声がだんだん低く、小さくなっていく。周りを警戒しているのだろう。
何気に椅子の背に置いたバッグを取り上げて周りを眺めてみたが、怪しい様子はない。
私の反対隣に座った男性は広げた文庫本の上に手を置き、もう片手は頬杖から崩れ落ちたように俯いて動かない。他には若いカップルや家族、女友達などが見られるが、二人のような若い男性同士はあまり居ない。
「奴らさ、もう日本に居ないんじゃないか? こんな大胆なことしたら、もう居られないだろ?」
「どうだろうなぁ……疑問だったんだけど、奴らって本気で綾瀬さんを狙ってんの? 目の前で見たことないし」
「そりゃあ、堂々と目の前ではヤらないだろ? 誰も見てないところで、こっそりと始末するもんだよ」
「でもさ……あの霞駅の事故みたいに、反対にヤられたら嫌だよな……どうする? 今、目の前に居たら?」
「今? すぐに連絡して、見失わないように尾行だな。手を出したらホームから転落みたいになるんだよ、上手くやらないと自分が痛い目に遭うんだからな」
私はサンドイッチに手をつけられず、二人の会話に聞き入っていた。
分かったのは霞駅の事故が彼と関係あること、小川亮と周さんが日本人ではない可能性が高いということ。