君の知らない空
そういえば、今日は美香の姿を見ていない。休暇なのだろうか? と思ったら、いいタイミングで山本さんが口を開いた。
「あの子、今日休んでるのよ。きっと作戦練り直してるんじゃない? 彼氏の会社の事務所が火事で焼けたから」
「えっと……月見ヶ丘の駅前の火事ですよね? どうして彼氏の会社だって分かるんですか?」
「私たちね、金曜日に火事のあったビルの1階にある居酒屋に居たのよ。帰りに店を出たら、ビルのエレベーターホールに彼女と彼氏が居てねぇ?」
山本さんに尋ねたのに、隣から野口さんが手招きする素ぶりで割り込んだから驚いた。目をらんらんと輝かせて感情を露わにする野口さんは、普段はあまり見たことがない。どちらかというと、山本さんの方が高ぶりやすいのだ。
「そう、彼氏が厭らしそうに腰に手を回して……あの子も肩にもたれかかってねぇ、何で若い子ってあんなにべたべたするのかしら」
心底嫌だと言わんばかりに、山本さんが眉間にシワを寄せる。二人が美香の様子をこっそり見ていたなんて、美香にとって不幸だったとしか言いようがない。
しかし、それだけで会社の場所が特定できるはずない。
「彼女と二人、そのビルの3階に上がって行ったわ。課長の言ってたとおり、彼氏の会社がそこにあったのよ」
「課長は彼氏の会社がそこだと最初から知ってたんですね。知ってて、そのビルの居酒屋に行ったんですか?」
「そうよ、課長が調べたらしいわ。金曜日に秘密だからって、私たちだけに教えてくれたのよ」
「すごい人よね、彼女と彼氏が会社にやって来ることもみんな、お見通しだったんだから」
オバチャンは非常に誇らしげな様子。きっと『二人だけ』や『秘密』という課長の言葉に、優越すら感じているのだろう。
そんな大切な秘密を、どうして私に打ち明けてしまうのだろう。しかもリフレッシュコーナーではなく、こんな会議室に呼び出して。