君の知らない空
◇ 社内の暗闇
翌日、出社した美香をオバチャンが待ち構えていた。朝礼が終わるなりオバチャンは、美香を連れて事務所を出て行く。
そっと後を追ったら、思ったとおり会議室へと入っていった。まるで昨日の自分を見ているようだ。
会議室のドアの前で、しばらく悩んでいた。一緒に会議室に入る訳にもいかない。でも話の内容は気になる。
考え込んでいたら、不意に肩を叩かれた。振り向くと、人差し指を口に当てた江藤。
手招きしながら、手にした鍵をちらつかせる。鍵には『31A会議室』と書いたタグがぶら下がっている。オバチャンが入っていったのは『31B会議室』だから、ちょうど隣の会議室の鍵を持っているのだ。
そうか、隣の会議室から聞き耳を立てようというのか。
私は江藤の後に続いた。
会議室の壁に耳を押し当てて、息を殺す。オバチャンが話し始めるのを、じっと待つ私たちは奇妙な格好だ。
間もなく、山本さんの刺々しい声が壁越しに響いてきた。
「白木さん、あなたと一緒に居た人はやっぱり彼氏だったみたいね。嘘をついたことを、今さら咎めるつもりはないけど……正直に答えてくれる?」
「はい、でも……彼氏じゃなくて兄なんです」
「そう、どうしてこの会社に入ってきたの? 正直に話して」
美香が兄だと暴露したが、山本さんはそれ以上は追及しない。壁に隔てられていても、山本さんの声は突き刺すように痛い。同じ会議室にいる美香は、なおさら堪らないだろう。
「私が入社した訳ですか? たまたま職安で募集を見つけて……」
「嘘はやめなさい! 分かってるのよ? あなたの彼氏が、この会社を乗っ取ろうとしていることも、あなたがスパイとして入社したことも……それが本当なのか、私たちは聞きたいの」
美香が言いかけた言葉を、山本さんが勢いよく遮った。あまりの迫力に、江藤と私は固まったまま見つめ合うしか出来ない。