君の知らない空
「泣いたら済むと思ってるのね、男には効果あるんでしょうけど、私には通用しないわよ」
「知ってることを正直に話してくれたらいいのよ。彼氏じゃなくて、お兄さんは何者なの?」
山本さんが冷たく言い放った後、ようやく野口さんが口を開いた。終始強い山本さんの言い方を和らげるような口調。泣き出した美香を、僅かでも哀れと思ったのだろうか。
しばらく、会議室は沈黙に包まれた。
「ほら、言えないんじゃない。乗っ取りなんて考えたり、変な男たちを連れてるような人だもの、人に言えるような仕事じゃないんでしょうね」
痺れを切らした山本さんが声を荒げる。壁に押し当てた耳が、じんと震えるかと思うほどのけたたましさ。
「やめてください。私には、たったひとりの兄……たったひとりの肉親なんです。何もやましい事なんてしていません」
苦しげに発した美香の声が、弱々しく掠れて消えていく。
今すぐに美香のところへ行きたい。
目の前に座る江藤が、唇を噛んだ。きっと江藤も私と同じ気持ちだろう。
「まあ、いいわ。早めに身の振り方を考えなさいね。私たちだけじゃなく、課長もそれを望んでいるんだから」
山本さんは捨て台詞を残して、会議室を出て行った。もちろん野口さんも一緒に。
残された美香のことを思うと、私たちは何も言えなかった。