君の知らない空
「ねえ、どこ行ってたの? もしかして美香と一緒に呼び出されてた?」
席に戻ると、すかさず優美がやって来た。声を殺して、顔は興味津々だ。
「ううん、呼び出されてないよ。打ち合わせ行ってただけ」
とっさに嘘をついた。
自分でもわからない。優美を信用していない訳じゃないけど、今はどちらかというとオバチャンに近い存在として捉えてしまう。親友だけど、何もかもを話してしまうことはできない。
「ふぅん、そっか……美香、何言われてるんだろうね。さっき会議室の前を通ったんだけど聞こえなかったし、気になるんだけどなぁ」
「何を話してるんだろうね。優美は、オバチャンから何か聞いてないの?」
訊ねると、優美は待っていたと言わんばかりの笑顔を見せた。
「やっぱり美香には辞めてもらうって。あ、橙子を抱き込んで利用しようとしているとも言ってた。いろいろと読みが深いよね」
なるほど、優美にはまだ詳しく話していないらしい。いずれオバチャンがすべて話すのかは分からないけど、私は優美には話せないだろう。
「何とか、上手く……まとまったらいいのに、どうしたらいいんだろう。」
「どうしたものだろうね」
いかにもそれは無理と言いたげに、優美は小首を傾げる。
ふと誰かの視線を感じた。振り向くと、私たちの方にゆっくりと歩み寄ってくる課長。さほど身長は高くないし穏やかな表情だけど、何故か威圧感を感じる。私にとって、渦中の人だからかもしれない。
「この近くで物騒な事件が起こったりして、なんだか怖いね。お二人も気をつけて」
落ち着いた声と笑顔で、課長は私たちの傍を通り過ぎていった。どうやら私たちではなく、キャビネットへファイルを取りに行ったらしい。
ほっとしたけど、課長の笑顔は怖かった。