君の知らない空
「山本さんから聞いた話のこと……私はあまり信じてないんだけど、美香ちゃんにはお兄さんがいるんだよね?」
「はい、山本さんが彼氏だと仰ってるのは私の兄です。それは嘘ではありません、でも他は違います」
凛とした表情の美香の言葉に、偽りは感じられない。さっきまで泣いていたとは思えないほど、きりりとした表情に私は違和感を覚えた。
「うん、信じてるよ。他は違うっていうのは、何が違うのか教えてくれる? 聞いたことは絶対に誰にも言わないから」
すると美香は唇を噛み、寂しそうに目を伏せた。聞かなかった方がよかったのかとも思ったが、もう後には引き返せない。
しばらくして意を決したように、美香が顔を上げた。
「橙子さん、私のことを信じてくれますか?」
「もちろん、信じてるよ」
まっすぐに美香を見て答えた。決して疑っていないこと、信用していることを伝えたくて。
すると美香は手帳を開いて、さらさらと何かを書き込んでいく。てっきり話してくれるのかと思ったのに、どうしたのだろう。首を傾げる私に、美香は黙って手帳を見せた。
『ごめんなさい。ここでは話せません。今晩、食事に行きませんか?』
美香は口に人差し指を当てて、小さく頷く。声を出してはいけないと言うように。
隣の会議室で江藤と私が聞いていたように、今ここでの会話も聞かれているかもしれないというか。もしかすると、それは課長かもしれない。
嫌な予感を抑えながら私は手帳に『OK』と書き、美香に渡した。