君の知らない空


定時後、仕事を終えた私は月見ヶ丘駅から電車に乗って霞駅で降りた。駅前のロータリーで待っていてくれた美香の車に、急いで乗り込む。

会社の駐車場から美香と一緒に車で出かけると、誰に見られているかわからないから。

桂一の迎えは、優美と食事に行くからと断っておいたから問題ない。

「どこに行きます?」

「以前、美香ちゃんが連れて行ってくれたお店がいいな。すごく落ち着いた雰囲気が良かったから」

「わかりました、私もあの店に行きたいと思ってたんです」

と美香はにこりと笑って、車を走らせた。

車は小さな洋食屋さんに着いた。店に入ると、木の匂いと食欲をそそる匂いに包まれる。

私たちは前に来た時と同じ、窓際のテーブル席に着いた。


とりあえず注文を済ませて、話し出そうかと迷っていると美香がぽつりと漏らした。

「橙子さん、嫌な思いをさせてしまってすみません」

「そんな言い方しないで、私は全然……それより美香ちゃんの方が心配だよ。オバチャンの言うことなんて気にしたらダメだよ」

と言うと、美香は目を伏せて首を振る。

「山本さんの言うこと、すべてが嘘ではないんです」

ドキッとした。美香がすべてを話してくれるのかもしれない、と身構えてしまう。緊張を解そうと、私は水の入ったグラスに手を伸ばした。

「どういうこと? よかったら教えてくれる?」

水を一口飲んで問う。美香は小さく頷いて、口を開いた。

「会社を乗っ取ろうとしているのは、私の兄ではありません。私の父です」

やっぱり、と心の中で呟く。
市民病院で、菅野さんの病室で聞いたことが思い出される。ということは、美香は父親の何らかの指示で入社させられたのか?

「じゃあ、美香ちゃんはお父さんの乗っ取りを手伝うために入社したの?」

「それは違います」

美香はきっぱりと答えた。


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