君の知らない空


ふと、疑問が浮かんだ。


美香の入社が父親の意図ではないとしたら、美香はなぜ入社したんだろう。

『父と菅野が美香を入社させた』
『父はどこにいるのか』

市民病院の菅野の病室での話が蘇る。美香の兄は、父親の行方を菅野に問い詰めていた。


江藤の話では、美香は父親と兄と三人で暮らしているという。しかし病室での話では父親と兄には接点はなさそうだ。

美香だけが、父親と一緒に暮らしていたのだろうか。それなら美香も、父親が行方不明だと知らないはずがない。

だったら尚更、美香の入社の意図が分からない。美香を入社させたのに、なぜ行方がわからないというのか。

何か聞きたいのに、何を聞けばいいのか分からなくなっていく。必要以上に聞いて、美香に不審に思われても困る。

口を噤んだまま、グラスの水に浮かんだ氷を見つめていた。


「父は……会社の上層部に自分の部下を入れ替えて、順調に計画を進めていたようです。でも……半年ほど前に突然、連絡が取れなくなったんです」


美香が沈黙を破った。
ほっとしたけど何かがおかしい。父親の失踪が半年前なら、美香はまだ入社していない時期だ。


「お父さんは、美香が入社する前にいなくなったの? まだ計画は途中なんでしょう? それなのに、どうして?」

つい思ったことを口にしたら、美香は唇を噛んだ。何かを言い出そうとしてためらうように。

やがて美香は決意したのか、大きく息を吸い込んで顔を上げる。

「実は……私は父の行方が知りたくて入社したんです。突然姿を消すなんて理解できません。父の部下がいる会社に入ったら、何か分かるかもしれないと思ったんです」

意外な答えだった。
美香は父を探すために入社したのか? 事実かもしれないけど、ますます疑問が増していく。


< 251 / 390 >

この作品をシェア

pagetop