君の知らない空


「お父さんと同じ会社の人たちなら……美香が入社しなくても、電話したり、話して聞いてみたら分かる話じゃないの?」


「父の仕事のことは何も知らないし、仕事関係の人とは全く会ったことがなくて、連絡先も知らないんです」


言ってることは分かる。
私も父の会社の人なんて知らないし、会ったことがあると言っても幼い頃だから覚えてない。ましてや連絡先など知るはずもない。


「どこか心当たりはないの? お兄さんやお母さんは知らないの?」


美香が唇を噛んだ。
調子に乗って聞きすぎたかな? と口を噤んだら顔を上げる。覚悟を決めたように、私をまっすぐに見つめて。


「兄も母も知りません。母は、私が小さい時に家を出て行きました。兄も家を出て一人で暮らしていたので……私は父と二人でした。『白木』というのは母の姓です。本当は、父の姓は『綾瀬』と言います」


やはり美香の姓は、母親の姓だったんだ。胸で燻っていたものが消えて、軽くなる感覚。このまま、すべて話してくれないかな……私は期待した。


「そうだったんだね……お兄さんはどうして家を出て行ったの? お父さんとは仲が悪いの?」


「はい、私と兄は母が違うんです。兄の母は兄が小さい時に亡くなったそうです。その後、父は私の母と再婚しました」


寂しそうにも恥らうようにも見える美香の表情に、思わず見入ってしまう。何か話し出しそうに、口元を震わせては唇を噛む。

私は黙ったまま、美香の言葉を待った。
たしか江藤の話によると、美香の母は美香が小さい時に離婚したはずだ。美香は、そのことに触れるのだろうか。




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