君の知らない空
「話してくれてありがとう、今はひとりで住んでるの? 会社は、お父さんがいなくても計画は進んでるんだよね?」
「はい、今はひとりです……会社には父の部下がいるので、進んでいると思います。父は、たぶん部下の誰かに……」
言いかけて、美香が口を噤んだ。
できるなら予想したくないような状況を想像して、不安がこみ上げてくる。
もしも、美香の父親を狙っているのが部下だとしたら目的は?
美香が部下のことを知らなくて、部下の中に美香のことを知っている人物が居たら、どうするのだろう。
父親の目が届かなくなった社内に、居るはずのない娘の美香が居たとしたら?
父親を狙う人物にとって、迷惑な話に違いない。次の標的は、きっと美香だ。
頭の中に漂っていた小さな情報の欠片が繋がって、おぼろげだった姿が露わになっていく。
『社内に、美香を陥れようとしている人物がいる』
江藤が襲われた際、相手が美香の名前を言っていたことも私がひったくり未遂に遭ったことも、美香を陥れようとしたのは気づいた人物の仕業ではないのか。
一番怪しいと思われる社内の人物は、あの人しかいなかった。
「ねえ、課長もお父さんの部下なんだよね?」
尋ねると、美香の表情が僅かに強張る。
「はい、そうだと思います」
美香は小さく頷いて、グラスの水を口に含んだ。
きっと間違いない。
山本さんに、美香の兄が乗っ取りを企んでいると言ったのは課長だ。
課長なら江藤が美香に好意を抱いて、接近していることも簡単に気づくはずだ。私と美香が一緒に退社して、食事に行くことを聞いていてもおかしくない。
気づいたら、美香は顔を上げていた。覚悟を決めたように、私をまっすぐに見つめている。